育ちが良いとは、育ちが悪いとはどういう意味か

育ちの良し悪しを芽に例えた絵過去の回想と内省

よく育ちが良い、育ちが悪いっていう言葉を見るけど、以前は、その言葉の意味がよくわからなかった。なんとなくはわかるけど、具体的にはわからないという感じ。

でも年々、育ちや教養が全てなのではないだろうかって思うようになってきた。

黙ってても上手くいく人、一生懸命やってるのに辛い人生しかない人の差って親の教養と育ちの良し悪しじゃないかなあって思う。

育ちの良し悪しを芽に例えた絵

両親とも立ち回りがまともで子供だけおかしいなら親が悪いとは言えないと思うけど、うちの場合は両親ともおかしかった。特に貧しいわけではなく生活水準が低いわけではないのですが教養がなかったと思う。

運悪く下品な親の元に生まれたからって幸せに生きていけないわけではないけど、子供時代に当たり前に普通の人生を送ってこれるかどうかって親がまともかどうかにかかっているし、子供時代に「普通の子供時代を送ることが出来たかどうか」って、非常にハンデがあるものだと思う。まともな子供時代を送ってこれなかった場合、大人になってから自力で自分を取り戻すしかない、これが至難。

高校生まで普通の子供時代を過ごした人は、そこから夢や目標に向かって進んでいけばいいけど、普通の子供時代を過ごせなかった人は自分の人生を取り戻すことと将来に向かって進んでいくことを両方ともやらなくてはならない。

機能不全家庭育ちのアダルトチルドレンは「自分で人生を決めていく」ある意味自由度が上がった高校卒業あたりが最もつまづく地点だと思います。高校までは学校行って椅子に座ってりゃなんとかなるけど、人生を決めていくってなると、空っぽな私は突然知らない言語の知らない土地に放り投げられたような、右も左もわからない不安感、無力感がありました。

大学1年まではギリギリ、子供のノリが通用するけど、2年、3年ってなっていくにつれて、普通の子と大きな差がついていく。普通の子は、ただただ前だけを見て、当たり前に成長していく。私は現状を相殺するのが精一杯で進んでいく力なんてない。

やりたいことなんて何もない、ただただ疲れて疲れて、休みたい。

子供のころから我慢我慢で生きていて、慢性的なキツイ疲労感も抱えていて、何がしたいかとかそういう次元ではなかった。ただただ疲れていた。

スポンサーリンク

育ちの良さとは、子供時代にマナーやスキルを身につけさせてもらえたかどうか

女の子の多くは、字が綺麗で喋り方も女の子らしく文章も可愛くて身だしなみはもちろん、学校でもらったプリントとかも綺麗に管理している。サバサバした感じの子や自称ガサツな子も身の回りはきちんとしているし落ち着いて行動している。

私は朝から疲労感がキツいので何もかもがギリギリ。字を綺麗に書く気はなく丁寧に書いたところで綺麗に書けない。プリントはなげやりにバッグに突っ込みぐちゃぐちゃ、いつも何かに追われているような感じで落ち着いている時間がない。

みんな字が綺麗だったり、好きなスポーツがあったり、ピアノが弾けたり、何かは持っているのに、何も持っていない私。やったところで私には出来なかったかもしれないけど、私は何も習い事をしていないからこれといったものが何もない。

幼稚な両親は「よその子に嫌われるな」こればっかりで、マナーとかスキルとか意味あることは何一つ教えてくれない、やらせてくれない。手っ取り早く子供を喜ばせるためにモノは買ってくれるんだけど「将来のスキルに繋がることを、ある程度大人が促してくれる」ことは全くなく、ただただ家と学校の往復の毎日。

何もやらせないで「習い事で習っているから出来る子」を挙げて、あの子はあんなに出来るのにうちの子は駄目駄目そればっかり。そりゃやってもないことを、定期的に先生から習って練習している子と比べたら出来るわけないでしょう。魔法の世界じゃないんだから。

なんにもやっていない人に限って、非現実的な夢でモノを言う。

ちょっとは頑張ってみたことがある人は、やったこともないことはそりゃ出来ないでしょうっていう現実をわかる。

育ちの悪い子は親も常識や教養がない

父親はよくお皿を割ったり味噌汁をひっくり返したりする。決して手が震えているとかではなくて、食器棚から奥のお皿を取りたい時に前の皿を一回出して置いてから奥のお皿を取ればいいのに面倒くさがってそのまま奥のお皿を引っ張って取ろうとしてガチャン。そして何度でも同じことを繰り返す。出す前の私や母親の手紙を本人がいる前で開けて読む、視野が狭くてバレないと思っているんだと思う。私が同級生と喋っている中にノコノコと入ってきて節度なくまるでお友達のように入ってこようとして子供の私が恥をかいた。

まず朝は親も子供と同じくらいに起きて、作り置きとかもないから朝食はなし。朝食はないのが当たり前の家庭。でもごはんを作ってくれないわけではないので虐待とかではないけど。朝食がないこと以外はインスタントを出すわけでもなく普通だと思うけど、お米は常にお粥のようにベチャベチャしていた。

部屋は整頓はされているけどプラスチックの衣装ケースにチラシの裏に「トレーナー」「セーター」等と書いたものを貼って、インテリアもとても人に見せるようなものではない。お洒落に部屋をコーディネイトみたいな発想は全くない。

母親は、よそのおうちは素敵ね、うちなんかと大違いっていつも言っていたけど、やりたいならやればいいし、そこまではする気はないなら何も言わなきゃいいのに。自分でそうしておいて自分の家は低い低いって言われてもね…じゃあやればいいじゃん、特別貧乏でもないんだしさ。日常的なことにお金ないない言う割には何十万も健康食品や健康器具に費やす。

習い事をさせるにしても、人を見る目、まともな先生を見つける目がないうちの親は、変なのつかまえてきて、明らかにダメな環境でも外ではペコペコ言いなりになって、なんか変だなって気づけないことが目に見えている。習い事を全くさせてくれないのも問題だけど、させてくれたとしてもちゃんとした環境を用意することはうちの親には無理だと思う。

私の皮膚がかぶれた時も、地元の冊子かなんかで大々的に宣伝している病院に連れていって、そのまま書くとどこなのかバレてしまうと私も困るから今作った適当な例えで書くと、毎日塩水をかぶれば治るみたいなとんでもないことを言うところだった。延々と民間療法みたいなことを語られて、そこに何回か通わされました。出された薬は保険で出すごく標準的なものだったから、そりゃそれを塗っていれば治るけど。

幼稚園も近所の同級生の親はみんな避けた評判の悪いところに通わされた。

お手伝いしようとすると

  • 大人でもギリギリ持てる重い袋をそのまま渡して「ほら持てないでしょ?余計なことしないでくれる?」
  • 流しの高さより身長の低い小さな子相手に「じゃあ皿洗いを全部やってね!出来ないでしょ!?迷惑だからあっちいってくれる?」

と幼稚園児の私にキツイ言葉をかける母親。そういうのって子供でも持てる軽いものを一個持たせて、ありがとうって子供に合わせてあげるものではないの?

子供の教育環境や食生活は、まず親がまともじゃないとまともな環境を用意出来ない。まともな大人を選べない、ダメな大人ばっかり連れてくる幼稚な親。

教養ある家庭かどうかで大きな差が開く

育ちが良いとはまともな生活環境を用意できる親の元まともな子供時代を過ごすことが出来た人のことを言い、育ちが悪いとは育児放棄に限らずやる気はあってもまともな環境を作る力のない親の元育った人も含まれると思います。

1日1日の積み重ねが、周りの子と、かなりの差がついてしまうんだよね。

何もやらせないで無能扱いされて育ってきたけど、そりゃやってもないこと出来ないよ。

大人になってから必要なものを取り戻すことは出来なくはないけど難しい

幼稚な両親の元育つと、本来は子供時代に身に着けて来ているはずの教養や、自尊心自己肯定を傷つけられ欠陥しているところから自分を取り戻すことを、大人になってから自力でやらなくてはならないので、幸せになれないとは思わないけど、至難であることは事実です。

やり方をわからないまま一生懸命やっていた惨めな私。

客観的に見たら私の家庭は機能不全家族、私の両親は毒親だと思う、でも愛する気持ちは本当だったので私は幼稚な親だと思うことにしています。

人生のリタイアは絶対にやってはいけないことだと思っているので全く考えていないけど、早く寿命という形で終われる日が来たらいいなあと思います。

当たり前のものがない環境で育った私は、普通の人と同じように出来ないことは仕方ないことで、理由がわからないままひたすら頑張ってきた私は、ただただ疲れた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました