自分は正しい症候群は自分自身がその場に合わせたり距離を取ることが出来ない

自分は正しい症候群の人には現実では周囲の人は距離を置く 過去の回想と内省

最近は中傷問題がニュースなどで取り沙汰される中で、

私は初めて「自分は正しい症候群」という言葉を知りました。

はたから見たら、なぜメリットもなくリスクでしかないのに

誹謗中傷、名誉棄損、業務妨害などに問われる行為をするのか不思議だったのですが

そういうことを平気で繰り返す人って、

自分では正義だと思ってやっている場合も多いんですよね。

私はそうなったことがないから想像ではありますが

ある日突然、警察が来たり、発信者情報開示請求の書面が届いたり、

裁判に負けて何十万、何百万の損害賠償請求が発生するリスクを負ってまで

なぜ芸能人や一般人を中傷するのか不思議だったけど

そういうことをする人の一部は、リスクは考えず

自分は正しい、真実を拡散する自分は正義(実際には真実ではなくても)という理由で

信憑性のないことを拡散してしまうのだと思います。

そこに、訴えられたら自分が困るという点は見えていないのですよね。

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距離を取ることが出来ないから相手を攻撃する発想しかない

自分は正しい、その1点しか見えていない人は

自分自身も、空気を読んだり、嫌なら距離を取って離れることが出来ません。

距離を取る方法がわからないから、違うと思った物・嫌だと思った物を叩き潰すという発想しかないのです。

他の場所ではこうだったけど、この場所ではこうする方がふさわしいと思って合わせるとか

合わない相手がいたら、浅い対応にして距離を取るということが出来ないのですよね。

正しい、間違いしかなくて、自分が思っているものとは違うものは攻撃する発想しかないのです。

その結果、現実は寂しいものとなりネットで誰かを中傷して攻撃するのだと思います。

自分は正しい症候群は現実が寂しいからネットで嫌がらせをする可能性もある

ネットなら何度でも別人としてやり直せる

法的リスクはまた別の話として、SNS・掲示板・ブログなどネットは匿名だったり、何かあったら何度でも新しいアカウントを取得して別人としてやり直すことが出来ます。

現実ではトラブルを起こして周囲の注目を浴びたらその件はずっと残るけど、ネットなら何かあってもいくらでも何度でも別人として新しく始めることが出来てしまうのですね。

インターネットの世界は何度でも別人としてやり直すことが出来る

自身が被害者でない限りは

見れなくなれば人々の記憶から薄れていくものです。よほどのことでない限りは何か迷惑行為をして炎上した人もアカウントを削除すれば鎮火していきます。

煽り目的・攻撃目的にネットを悪用する人は相手が訴えない限りは

現実のように人間関係を悪くするリスクなくネットで悪さを繰り返すことが出来てしまうのです。

 

匿名のつもりでもプロバイダーを介してインターネットをしているので

法が介入したら書き込みをした人はどこの誰なのか

住所名前を開示されてしまう可能性があります。

堂々とストレートに誰かを非難する言葉を書く殴る人って、

インターネットとはIDやアカウントがない場所であっても

常にIPアドレスが足跡のように残っていて迷惑行為をするとIPアドレスに基づいて開示されるリスクを考えないのかな…って不思議に思うけど

自分が正しい一点しか見えていない視野狭窄が起きていて、自分がやっていることが迷惑行為であることにも訴えられるリスクも考えられないのかもしれません。

違うと思った場面で避けるのではなく攻撃する発想しかない

生きていれば何かしら、それは絶対に違うと思う場面に遭遇します。

でも、その時に思うがままに表現するのではなくて

自分の立場や、自分のメリット・デメリットを総合的に考えて

とりあえずその場に合わせておくことが必要な場面も多いと思います。

 

いいやこうなんだ、これが正しいんだと思うことは

他者を巻き込まない自分の時間で、プライベートでやればいいのです。

自分は正しい症候群という言葉を聞くようになったのは近年だと思うけど

こういう人って現実にも昔からどこにでも一人や二人は存在したと思います。

本人にとっては嫌いな人、気にくわない人に嫌がらせをすることが正義なのです。

あっちが悪いんだから、相手に何をしてもいいと思っているのです。

そこに、謂れのない中傷をもし自分が受けたら悲しいとか、

物事ではなく人間として否定の言葉をかける人格否定をされたら悲しいとか、

自分のために角は立てないほうがいい・攻撃的に言わなくても他にいくらでも言い方はある

という発想はないのですね。

それだと、ご自身の人生もうまくいかないのではないでしょうか。

自分は正しい症候群の人には現実では周囲の人は距離を置く

迷惑な人には周囲もそっけない対応になっていく

距離を置かれると、浅い対応、無表情、そっけない対応しかされなくなる

嫌いな相手には浅い対応をしてそれとなく離れる

別に、嫌いな人とお友達のように仲良くしなくても良いのです。

合わないのなら浅い対応のみで離れてもらって

誘われても・こっちに来ても、用事があるから、誰さんと約束しているから、急いでいるので等

相手を傷つけない言葉で断ればいいのです。

自分が思っているものとは違うやり方をする場所では、とりあえずその場ではみなさんと同じ方法でやって、正しいと思うことはプライベートでやればいいのです。どうしても受け入れることが出来ないのなら、そこに所属するのをやめるという選択肢もあります。

相手を変えようとするのではなく、こちら側が動いて対処するという発想がないから、気にくわないものを叩く発想しかないのだと思います。

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