高校時代の、喋ったことはあるけど
知ってるけど仲良くはない程度の人と
卒業後に街で偶然すれ違ったシーンとかで
えっ!?って顔で睨まれることが
複数の人から何回かあった。
話しかける程は仲良くないから
お互い見て見ぬふりするんだけど。
あちらからの視点では
良くない意味で評判の人を
遠くからジロジロと見ている感じ。
私だったら見ているのがバレるから
見れても見ないけど、あちらとしては
仲良くもないし、関係としてもどうでも良いので
見ていることがバレてもどうでもいいこともあって
こちらをあからさまにジロジロと冷たい目で見ている感じ。
そりゃ嫌だし不快だし傷つくけど。
本当にトンチンカンだったから仕方ないかなっていう気持ちもあります。
私は悪意を持って何かをしているわけではないし
むしろ善意だった、善意のつもりだからって迷惑が許されるわけではないし
迷惑は迷惑っていうことはわかるけど。
例えると、
一度カゴに入れたけど、やっぱ買うのやーめたって、
元の場所に戻せばいいのに
冷蔵庫にあるような商品を
野菜コーナーにポンって置いていく客というのが
どこのスーパーでもたまにみかけると思う、
そう頻繁にはないと思うけど
誰でも一度や二度は目にしたことがあると思う。
スーパーの店内なんて、歩けないくらい広いわけじゃないんだから
元の場所に戻せばいいじゃん、って。
元の場所がわからないならせめて
同じ種類の商品のコーナーに戻せばいいじゃん、って。
たいした労力でもないのになんで怠慢して
不利益でしかないことをやるの?って。
スーパーでそういうことは私は絶対にしないけど、
現実のやり取りにおいて、私はそういうレベルに
「なんで?」ってしか言いようがない非常識だったのだと思う。
気をつけていても、過去、体調不良により無自覚に頭が回っていなかったから。
面倒くさいものや危険なものに触れたくない、
そう言うわけにもいかない、みたいな。
嫌いな人本人に私はあなたが嫌いですなんて言わないのに近い意味。
だから私に対して不快が積もり重なった人もいると思います。
言うわけにもいかないし、やめる見込みがないから。
だから風当たりが冷たくなること自体は仕方ないと思う。
ただ1つ、私は誰かに嫌がらせをしたわけではなく
発言が不快という感じだと思う。
悪意持って何かをしているわけではなく
善意で生きているのに嫌われていくというのは寂しいものですね。
頭の回転が回復している今となっては
色々とわかるようになったこともあるけど
その当時の私の頭では「出来ない、わからない」状態だったので。
何度も書いているけど、今振り返って
あの当時、私に出来る対策は
体調不良の原因に出会える日が来るまでは
極力人と関わらない、喋らないしかないと思います。
考えてどうにか出来る問題でもなく、努力の問題ではないので。
今は、こう思います。
こちらに興味がない人や、こちらをよく思っていない人のことで
どうこう悩んだり、どうにかうまくやろうとするのではなくて
仲良くもない人相手に時間や労力を割くほどに
大切な人と過ごす楽しい時間、貴重な時間を失ってしまうから。
合わない相手は無難に流して、
大切にすべきモノを大切にしているほうが良いと思います。