ケチしかつけない人と一緒にいる必要はない

過去の回想と内省

自由に選べるプライベートな関係で

こちらにケチしかつけてこない人は

仮にこちらの非が事実なのだとしても

一緒にいる必要はない。

離れたらいいだけ。

 

1個2個の意見ならわかるけど

もうケチしかつけてこない域に達していると

離れる、しか出来ることはないと思う。

 

出来ないのだから仕方ない。

 

出来ない人相手にケチをつけ続けて

離れようとはしない人もいる。

 

嫌なら離れたらいいのに。

 

仕事でも家族でもない、自由に選べる環境下で

需要に合わないのなら離れたらいいだけで

需要に合わない相手といつまでも居続けようとするほうもまた

何かオカシイのだと思う。

 

出来ない自分が悪い、頭が回ってない時のほうがそう思っていたけど

頭の回転が回復している今は

その時の自分には出来ないのが仕方ない状態であったと思うから

不器用なのは事実であったけど、

こちらの非が事実であってもケチをつけ続けるほうもまた、

不安や寂しさ、ご自身の問題を抱えているんじゃないかなって思う。

結局、ケチしかつけてこない人間と言うのは

ご自身も弱い人間で

立ち回りにおいては当時の私よりはマシだけど

自分より弱い人間、不器用な人間を探してターゲットにして

「あなたのために」という言葉で正当化して

1人にアたり続ける、虚しい人間なのだと思います。

それをやっても自分のレベルが上がるわけでも

自分の現実的な問題が解決するわけでもないし

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意味あることは何も得ないから。

心の豊かさとしては不器用な人間以下だと思います。

 

そういう人は、ご自身は本気で

正義だと思ってやっています。

自分自身の問題が見えていない。

 

それを例えると、テレビを見て

自分は未経験のこと、出来ないことでも

ヘタクソだのなんだの他者を非難するだけして

自分は手を止めて何もやっていないことと同じことだと思う。

自分はただ観賞をしているだけで何もやっていない。

1人でテレビ相手にそれをするだけだったら

誰にも迷惑かけないから妥当な範囲内だけど

ただ人を見てあーだこーだケチつけているだけの観賞認知

現実に持ってこられると迷惑となります。

相手が事実、不器用だったり困った人であったとしても

「離れたら済む」関係で

ケチをつけ続けることは人格否定だと思う。

現時点での相手は「そういう人間」なのだから

相手はそのままに、こちら側の対処でどうにかするもので

出来ないのなら離れたらいいし。

そこを相手が間違っていて、相手を変えさせる発想しかない人

ご自身が不安や寂しさを抱えているのだと思います。

 

そして過去の私に対して思うことは

不器用な人間側も、自分が悪いとか思わずに

今の私にはこれが出来る事の限界だから

需要に合わないのなら離れましょう、と

離れる判断が必要だと思います。

出来ないのなら仕方ないでしょう、

ない場所でないものを求め続けても時間の無駄でしょう。

 

不器用も含めて、それが私なのです。

 

それを受け入れて欲しいとは言っていません、

合わないのなら、いつまでも合わない者と居てケチをつけ続けるのではなく

他に合う人を探したらいいのでは?と思います。

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