絶対に無理なものは、あえて手抜きして60%くらいの力でやればいい

チャーハンの絵を描いた 過去の回想と内省

過去の私は、

1%でも可能性があろうものなら

0%ではない限りは

なんでもかんでも、常に全力で頑張ってしまうところがあった。

 

一生懸命やること自体が悪いわけではないけど、

何か一つのことを全力でやってていい環境でもなく、

他にも色々やることがあって、体力にも限りがある中を生きているので

時間配分や、何にどのくらい力を注ぐという配分を考えずに

なんでもかんでもがむしゃらに頑張ることは

自分の出来ることの限界を超えてしまい、

結果的に他者を巻き込んだ迷惑を起こしてしまうでしょう。

無理のない範囲に自己管理することもまた自己責任なのです。

まだ使うのに電池の充電が切れてしまったら困るでしょう。

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生きていれば必ず、時に手抜きが必要になる

例えば、学校や職場や町内会繋がりか何かで

全員参加しなきゃいけない行事で

参加人数は300人で

自分の創作料理を持ってくる料理コンテストがあったとします。

入賞する枠は5名だとします。

私は料理が特に好きでもなければ、お世辞にも上手でもないので

入賞はまず無理でしょう。

 

昔の私だったら、入賞は絶対に無理でも

一生懸命考えて、全力で何かを作ってきた。

 

でも今だったら、

なげやりではない程度に特に良くはない何かを

適当に作って持ってくる。

非常識ではない程度に「まあまあ、普通」くらいの出来で充分

上記の例でいうところの料理コンテストだったら、

ありきたりなチャーハンとか。

チャーハンの絵を描いた

家にある材料で、たいして労力もかからず作ることが出来て

素人目で見たら誰が作っても特別失敗はなく無難なモノを

作って持ってくれば充分です。

重要度や優先度が低いモノは60%の力でやれば良い

最初っから、ほぼ無理であろうことがわかっていることは

全力が100%だとしたら60%くらいの力でやればいいのです。

 

そうやって、何にどのくらい時間や労力を使うのか

配分していかないと世の中やっていけません。

自分が疲れるだけじゃなく、

時間や力量配分を妥当に出来ないことによって

必要なことにも時間や力が回らなくなって

結果的に他者を巻き込んだ迷惑を起こしてしまいます。

無限の時間や体力があるわけではないので。

 

料理を作ることが大好きでやってて楽しいとか

プロとしてやるんだったら

また話は別だけど

興味もなく、100%全力でやる必要もない時は

手抜きすることも必要です。

デタラメやなげやりではない程度に、適当にやることも必要

なんでもかんでも必死で全力よりも

ゆるくやってるくらいの時のほうが

面白いモノが出来ることもあるかもしれません。

なげやりとか、ふざけるとかっていうのとはまた違って、

ある程度は真面目にやって

まあまあ綺麗、まあまあ整ってる、

そのくらいでいいのです。

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