愛する気持ちは本当なのに毒親とは。

私の両親は

意地悪でもなければ、善意で動いている人間だと思います。

 

だけど私は

両親とも余裕がなくて幼稚で

私が小さな子供の時点で疲れていたし

普通の人は当たり前にあるものがなくて

でも、ないとは言えないからないことを隠して

生きてこなきゃいけないような子供時代でした。

 

それはお金のことではありません、

経済としての生活は何も問題なかったと思います。

裕福ではないけど貧乏でもありませんでした。

何かを買ってもらえないとか、そういう悩みではなく。

 

子供を大事にするつもりはあるのに

愛する気持ちは本当なのに

なぜ毒親になってしまうのか。

 

こういうことだと思います。

例えば、運動が特別苦手な私が

今日から

子供たちに短距離走を指導するトレーナーにならなくてはいけないとします。

出来るわけがありません。

それでも、この場ではあなたしか短距離走のトレーナーを出来る人がいないので

あなたがやってください、という状況になったとします。

 

私は本を買ったりインターネットで調べたり

出来る限りのことはやると思います。

 

でも私はどんなに頑張っても

水準以上に速く走ることは出来ません。

自分が出来ないことを人に指導することなんて

出来るわけがありません。

 

短距離走は苦手でも

他のスポーツなら得意であれば対応出来るかもしれませんが

スポーツ全般が特に出来ない私が

指導する立場をこなせるわけがありません。

 

出来ないものは出来ないのです。

テレビに出るような選手になれと言われても

どんなに頑張っても、誰でもはなれないのと同じことだと思います。

 

例外は抜きにして

 

通常、親は生んだ以上、

生んだ親しか子供の親にはなれません。

 

どんなに不器用で、精神が子供のまま親になってしまったとしても

生んだ親が、子供の親になるしかないのです。

 

もしも私が自分の意志でパートナーと仲良くして

想定外に、私の元に天使が来たら

私はそれを辞退することも出来ないし、

子供を手放すことも出来ません。

私はそういう性格なのです、私の両親もそうだと思います。

 

絶対にまともに指導する能力がなくても

出来ませんが絶対に出来ない状況。

 

愛は本物なのに

機能不全家庭となってしまい、

子供をアダルトチルドレンにしてしまう毒親とは

 

やる気はあるんだけど、その時の能力としては

余裕がなかった、ということなのだと思います。

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