なにをやってもエース

過去の回想と内省

小学校の時に

スポーツ万能で明るくて誰にでもフレンドリーで

運動だったら何をやってもエースって感じの人がいた。

勉強はあまり得意ではなかったように思うけど

どこにいっても名前が知れ渡るくらい、

人気者、モテモテ、キラキラ輝いてエースって感じだった。

小学校の市のスポーツ大会では

そのエースは特に得意ではない競技で出場していた。

スポーツならなんでも出来るから、その時の担任教師としては

キミなんでも出来るでしょ?キミなら練習すれば良いタイム出るって。

この競技で出れる人があんまりいないからキミ頼むよ、って感じで。

そのくらいスポーツ万能だった。

 

私は、てっきりそのエースは

スポンサーリンク

将来、スポーツ選手としての道を選ぶのだと思っていた。

選手かもしれないし、体育の先生かもしれないし、

トレーナー等かもしれないけど

スポーツを専門とした何かに行くのだと思っていた。

 

でも高校卒業後は

スーツ着て営業か何かに出かけていて

ごく普通の、特にスポーツに関係ない会社に就職していて

私は、びっくりした。

 

あれっ、スポーツ系の進むんじゃないの?って。

 

大人目線で見たら普通のことだと思うけど

その時の私は今以上に子供だったから。

 

そのエースの人以外でも

中学までは部活動で何度も賞を貰うような人でも

高校生になると部活に入らず

ごく普通の人になっていたりすることも多い。

遊びたいからっていう理由の人もいるしバイトをしたいっていう人もいる。

中学校までは輝かしい栄光があっても

部活は高校ではもういいやって感じの人も結構多い。

 

何かに秀でた人はプロに向けて進めば

もしかしたらなれるのかもしれない。

 

でも、私が見た

自分とは別世界の人間のように

キラキラ輝いていた人も

学校や地域で輝いていただけなのかもって思う。

決してそのエースが

地元では通用するけど日本全国に出たらね…とか

言いたいのではなく

進めばプロの道に進めるのかもしれない。

 

でも私が別世界のように

すごくレベルが高く感じていた人は

あくまで小学校とか地域とか

そういう世界での話だったんだ、と思った。

 

クラスで一番、学校で一番みたいなのを私はまるで

日本一になれるくらいすごい人って思っていた。

くれぐれも、なれる可能性はあると思うし

なんだ思ったよりしょぼいんだとかって話ではない。

 

今となっては原因と解決策がわかったけど

私は子供のころから原因不明に具合が悪くて

当たり前のことも出来ない状態だったし

出来なくて仕方ない状態だった。

私に映っていた世界とは、なんとかやりすごすのが精一杯な

緊迫した世界。

 

例えば新しい仕事を始めて一日目は何がなんだかわからなくて

後になれば簡単なことも、ものすごく難しいことに感じたり

不安だったり、理解しないまま言われるがままにやったり

そんな感じだと思うけど

私の場合、その状態がずっと続く感じ。

 

人が当たり前にやっていることが

私はいつまでたってもあやふやなまま

どうにかやり過ごしている感じだった。

 

だから、その場の、ちょっと出来る人が

まるで日本一にすごい人みたいに見えたりした。

 

今回の記事に書いたエースの人は、

それなりに元々の能力が高かったと思う。

 

でも、みんながみんな特別なわけでもなく

当たり前のことが出来ない私には

あの人もこの人も特別ですごい人なんだって

思うところがあったなって今振り返って思う。

 

自分だって特別出来るわけでもない凡人なのに

非現実的に完璧を強要する私の幼稚な両親も

出来ないゆえに無理な完璧を子供に求めたんじゃないのかな。

コメント

タイトルとURLをコピーしました