人間関係とは小さな契約なのかもしれない

過去の回想と内省

損得の話ではなくて。

 

悪気はなくても、

迷惑行為をし続けるのであれば離れていく人もいるし

 

空気を読めなくて困ったチャンでも、

なぜか仲良くしてくれる人もいる。

 

全く問題ない人でも趣味が全く合わないなら、

自然と離れることもあるし

 

一見真逆でも、何か共通点があって

一緒にいることもある。

 

他に一緒にいる人がいなくて仕方なく

どっか所属できそうなお友達グループに所属するっていう人もいる。

 

私は気を遣っても遣っても、

賢さにおける頭が弱くて空気が読めなくて

はたから見たら、えっ、なんで?っていう感じの

言動をとっていたと思う。

私なりには必死に努力して気を遣って生きてきたんだけど

私の行動言動が変だと、一緒にいる人も変に思われるし

私に趣味や目標がなく中身がないと人は私に興味がないと思う。

 

私は必死に人の顔色うかがって生きてきた。

でも、そこじゃないんだ。

ものすごい性格の悪い人には距離をおきたいけど^^;

人は、特別イイヒトとか特別すごい人を求めているわけではなく

とりあえず今ある用件をこなせる人を求めているんだと思う。

スポンサーリンク

特別性格が悪い人でもない限りは、

需要(趣味が合うとか話が合うとか)が合う人が、

ただそこにいるだけで輪に入れるのだと思う。

 

意地悪な心は全くなくても、

話が通じないとか、その場における用件がこなせてないとか

人に「えっ!?」て変な目で見られるような行動を取るとか

合わない、迷惑と思った時

人は離れていくのだと思う。

 

そういう意味で、

人間関係とはある意味小さな契約だと思った。

一緒にいたいと思える、もしくは、許容範囲と思える相手なら

行動を共にするし

合わない、迷惑と思った相手には

浅い対応にして離れてもらう。

それはある意味、お店で買い物する時と同じかもしれない。

需要に迫られた状況での買い物として

ちょっと高いけど需要に合うA商品と、

安いけど用途に必要な機能がついてないB商品だったら

A商品を買うでしょう。

 

嫌われてはいけない、っていう気持ちだけで生きていたけど

それはズレていたんだなって思う。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
過去の回想と内省
ayanaをフォローする
ADHDかもしれない私の独り言

コメント

タイトルとURLをコピーしました