ごく普通の人も黒く立ち回る力自体はある

過去の回想と内省

最近、子供の頃から大人になってもずっと回っていなかった

頭が回るようになって(その詳細はブログ内の仮説というカテゴリにて。)

気づいたことがあります。

 

人が集まればどこにでも、黒い人間というものが存在します。

人の悲しい顔に楽しみを覚えたり、人を陥れるために立ち回ったり

特に不器用な子をめがけて、執拗につついて遊んだり、

そういう黒い人間は人が集まれば、どこにでも1人や2人います。

 

私は、そういう人間は

特に黒くずる賢く立ち回れる人間なのだと思っていた。

8割くらいの人間は、わざと意地悪するようなことをしないと思う。

何も得ない、時間の無駄、自分の信用が落ちるリスクがある、

無駄に恨みをかいたくないなど、自分のためという意味もある。

そして、素の良心もあると思う。

でも、ごく普通の人も黒く立ち回る力がないわけではなく

やろうと思えば

意地悪をしたり、それとなーく煽って執拗に粘着するような

黒い人間と同じことをする力自体はあるのだと思う。

機能としては持っているけど

そのスイッチをONにすることはまずない、という感じの。

やろうと思えば出来るけど、やらない。

ということだと思う。

 

頭が回っていなかった時の私は

賢さにおける頭の弱い私としての発想しかないから

その結果、

立ち回りがまともな人の気持ちも、

頭の弱い人(過去の私のこと)の気持ちも、

どっちもわからなかったと思う。

両方の経験を持ってして、

どちらの気持ちや動機も理解出来るようになるような感覚があります。

 

ごく普通の人だって、黒く立ち回れないわけではないけど

出来たとしてもやらないだけ、って今は思います。

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やろうと思えば黒く立ち回る力自体はあるからこそ

黒い人間に遭遇した時、

怒りを示すわけでも、言い返すわけでもなく

角を立てずに、どっちつかずの返事や

後に会話が続かないような浅い対応をして

離れてもらう、うまくよける、ということが出来るのだと思います。

 

出来ても、わざと人を傷つけるようなことをしない、

それは 教養 だと思う。

育った環境もあるけど、

今、何か趣味に打ち込んでいるとか

素で楽しくいられる友達がいるとか

それはその人の教養なのだと思う。

人をつついて遊ぶような人は、教養がないのだと思います。

たくさん友達がいるように見えても本当は

友達といる自分を演じているのかもしれません。

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