「勉強になった人間」カテゴリについて、はじめに。

勉強になった人間

私は、体調不良により

賢さにおける頭の弱い人間として

現時点での人生の大半を生きてきました。

 

起きているし、記憶はあるし、現実はわかっていながらも

頭が回らない、

こういう時、ああいう時、なんて返したらいいかわからない、

強い疲労感と、強い不安感。

そんな中、生きてきて

空気を読めていなかったり、失言をしてしまったり、

やることが出来ていなかったり、的外れだったり、

私に非があることはわかっています。

用件でも連帯責任でもないのに

頭の弱い私に、つけこんで

絶対に反撃出来ないことを

わかっていて(今も仕返しするつもりはありません)

執拗に、用もなく、わざわざ私のところにきて、

私をつついて馬鹿にして煽って遊ぶ、暇な人間もいました。

私は、その人たちに何か仕返しをしようという気持ちは全くありません。

私にも私の人生がありますし、

失いたくないモノもたくさんありますから

自分のために、仕返しなどは考えていません。することもありません。

 

しかし、そういった

私にとって迷惑だった人間たちを

個人は特定出来ない形で

情報としてインターネットで発信することに

私としても消化として意味がありますし

情報として意味があると思うので

勉強になった人間、というカテゴリで

そういった経験を書いていくことにしました。

 

今までは、どんな人がいて何っていう具体的な話よりも

物事としての話のほうが多かったと思います。

これからは、このカテゴリでは

どういう人間がこういうことをして、私はどう思った

という内容を具体的に書いていこうと思います。

どこの誰ってわかるような書き方は一切しません。

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私としても、私につけいってきた人たちの経験を

ただ私が傷ついて終わりではなく

情報として有効活用することが出来たら

誰も傷つけず経験を活かすことが出来て良いと思いました。

 

そしてこういった記事を書いていく際、

AさんBさんCさんとやっていても

私も書いていてつまらないし、

読む側として考えてみると

何がなんだかわかりづらいと思うので

私が迷惑だった人、一人一人に適当にあだ名をつけて

書くことにしました。

そのあだ名は実際の名前には一切関係なく、

名前のヒントになっている、ということもありません。

私が適当につけたあだ名です。

そのあだ名は私の感情がこもっていることはありますが、

個人の特定に繋がるようなあだ名はつけません。

又、万一、実在する団体名やペンネームなどと同名であっても

その人たちとは一切関係ありません。

 

人を傷つけたって、何も得ないと思うから。

得たとしても、人を傷つけて得る利益なんて要らない。

でも私も、ただやられっぱなしではなく

不器用・頭が弱いのをいいことに、

執拗に粘着して嫌がらせするような人たちに

情報として役立っていただけたらと思います。

 

これが私の考えた誰も傷つけず自分にも良い方法。

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